Small dreams≧Real life

「ぽぽぴ」のBLOGへようこそ。ルポライターを目指し日々奮闘中。日常の些細な事だけでなく完全オリジナルのショートストーリーなどを含めて幅広く記事を書いて載せています。但し更新の頻度は不規則です。

うらおもて。

 

今日は少し重い話です。

田舎者の私もそうですが、誰もが都会の華やかさに憧れることがあると思います。地方に行けばわかると思いますが近くに遊ぶところなんてまずありませんし休日に車で移動してやっと大型ショッピングモールに行くことぐらいです。

ただそうはいうものの

 

~都会は本当に誰にとっても良い場所なんでしょうか~?

確かにお金があれば何でもすぐに手に入るし、数ある中から選べるので居心地がいいでしょうし困ることがまずないです。そこで忘れてはいけないのは都会の華やかさの裏には深い闇があること。華やかであればあるほど裏には闇がある。つい生活していると忘れてしまうことです。普通に考えて自分自身が貧しい側にいるとは誰も思わないでしょう。決まって必ず素晴らしい生活が送れるかのような幻想があることです。都会幻想は要注意です。太陽当たらなくて日が当たらない場所は陰になります。これは都会についてもいえるのでは。もしも光を浴びて生活している方がいるならば陰もあることを忘れないようにしましょう。光はずっと同じなだけ入ってくるとは限りませんから。個人的には都会はすごく怖いところだと思うんです。周りの人を見渡しても誰も助けてはくれない。誰が悪いとかじゃなくて皆自分のことで精一杯になってるし。

とまあ軽い前置きはここまでとして

本題に入ります。

 

「大学に入ったのは努力のおかげだと思う人」これについてです。

 大学に入るパターンはいくつかあると思いますが、一般受験で入学した場合です。

もちろんストレートで入学する人が多数派であり浪人して入る人もいくらかはいるかもしれません。(僕も浪人しました) 受験を経験して大学に在学している人はみんなこう思っているはずです。「努力したから今に至ってここに在学してるんだ」

 

もちろんこういう考え方になるのは仕方ないですよね。

日本の入試はけっこう大変ですから。進学校に行けなかった人にとってはまさに死ぬ覚悟の受験でしたよね。(僕も辛くて死にそうでした)

「努力したことによって受験に受かり今の大学にいる。だから努力した俺って偉いんだ。」これは僕が思ってたことです。今となっては恥ずかしい限りですがこのように考えてしまうこともわかります。

 

=本当に努力という言葉で片付けていいのでしょうかということです。

現在日本の大学の学費は高いです。お金がなくて通えない人もいます。そうなんです大学にいけることはとてもすごいことなんです。恵まれた環境で生活しているのです。勉強したくてもできない人だってたくさんいます。そういった中で大学進学していることを自分一人の努力の証といってしまうことはおかしいです。両親からのお金の援助だけでなく環境を整えてくれるパターナリリズム的配慮があったからこそ可能になったのです。そういったうらの部分を忘れないで生活したいものですね。そして周りの支え環境に感謝してそれを生かすことが大切ですよね。努力も勿論大切なことだとは思いますが、環境かしっかりとしていないとできないことの方が多いですしそもそも自分でやりたいことを努力って言う言葉で表現していいものなのか。好きなことをしていたらまず努力とは言いませんよね。綺麗事でまとめたくないですし本当はこれでは何も解決してないんです。平等というありもしない幻想なんです。

 

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