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Small dreams≧Real life

「ぽぽぴ」のBLOGへようこそ。ルポライターを目指し日々奮闘中。日常の些細な事だけでなく完全オリジナルのショートストーリーなどを含めて幅広く記事を書いて載せています。但し更新の頻度は不規則です。

飲み会参加を強制する心理的プレッシャー

今年もあとわずかという時期になりました。一年を締めくくるために忘年会が開かれていると思うんだけど。一年が経つのはあっという間やね。人間には時間というものは平等に与えられているとよく言われてるけど、そんなことはない。寿命が全く同じ人なんて滅多に居ないしから与えられた時間も違う。だから私の時間とあなたの時間の価値は違う。具体的に言うとすれば病気で余命半年と宣告された患者さんと健康的な生活をしている若者では明らかに時間の質が違う。当然のことだけど時間の価値は周りの環境そして自分自身の状況次第で変化する。時間自体は誰にとっても大事なものであるということはそれほど違わないけど時間の量が変わってくれば価値も同じじゃないんだよね。

少し脱線しましたが、今回のテーマは時間についてではなくて「飲み会について」私は飲み会が大嫌い。お酒を飲むこと自体は好きだけど飲み会は嫌い。仕事の愚痴、不満を言いながら周りに気を遣いながら酒を飲むことがバカらしくて無駄に感じてしまう。酒の席を通して親睦を深めたり、新しい人脈ができたりするといったメリットがあるから否定はしないけど。私の場合だと話を聞いてみたい人がいるとすれば迷いもなく参加することにした。お酒が入ると普段聞くことのできない有益な情報を得られる確率が

高い。だから定期的に飲み会を開くこと自体愚の骨頂に見える。他に生産性のある時間の使い方があるとおもう。会社に一生しがみつくことができなくなった今の社会では差別化を図るために自己投資を重視する人も多いと思う。だから最近だとワークライフバランスということで仕事と分けてプライベートな時間を持つようにシフトしてきているからとてもありがたい。世代によっては上司との飲み会は社会人たるもの接待として当たり前だと考えられてきたからないがしろにされると不満が溜まるんでしょうね。

 

飲み会が嫌いな理由

「拘束時間が長い」

飲み会というものは拘束される時間が長い。一次会で終わればいいものを2次会、3次会という流れで進み解放されない。社交的な人にとっては楽しい時間なのかも知れないが、大抵はそこまで親密ではない会社仲間とお金と時間を使っている。同じ会社で働いている以上円満な関係を必要とするのは理解できるがそれであったら一次会止まりにするべきではないだろうか。正常な判断ができないほど酒に溺れる時間が合理的なんだろうか?酒を通してではないと大事な話ができないとも言われるが本当にそうなんだろうか?自分にはわからないことである。

「仕事の愚痴と、機嫌取り」

飲み会で話題となるのはもちろん仕事の話である。不満、愚痴などももちろん展開されれる。正直仕事の話をするのは分かるけど、労働外の時間で話したいとは思わない。代わりに家庭での時間を大切にしたいと思う。(当方家庭は持っていない)飲み会では周りの愚痴を聞かないといけない。これが非常に疲れる。但しよ~く観察してみると開き直って人間臭くていい感じもする。結局は当事者がいないところで噂をしていたり、愚痴を言っていたりするもんなんだと知った。

人間不信になる人がよく口にする言葉で「散々人に裏切られてきて誰も信用できなくなった。だから初対面で信頼できるか見分けることができたらいいのに」

この質問はよく分かるけど、そんなことが可能であるのか?見た目?性格?と色々考えてみたけど一つの答えにたどり着いた。それは裏切る人と裏切らない人がいるということではなくて誰しも裏切る可能性があるということ」である。どんなに口でイイことを言っていて見方だとしても都合によっては敵や裏切る存在になるということだ。ただこれは仕方なくて人間としての在り方そのものである。だから過度に信頼を寄せて期待するのではなくて代わりに感謝しましょう。

 上司や同僚の機嫌を取り器用に世渡りしていくタイプの人間がいる。彼らは言葉、行動などを巧みに使って懐に入っていく。全く反対のタイプの私には少々の憧れと苛立ち感じさせる。こういう世渡り上手の人たちは自己主張をしないでずる賢い。集団の中で息を潜め、時期を見てコロコロと主張や態度を変える。だからといって私は彼らにはなりたくない。逆に自分の意志を持てず組織の外では行動指針を失うタイプだ。だから組織の中で群れを作って争って欲しい。逆に不器用で衝突を繰り返すタイプは、自分の思った通りに生きて欲しい。それが不器用なアナタにピッタリで楽しいと思う。

「気を遣うので楽しく飲んだり、食べたりできない」

上司の前で好き勝手に飲んだり、食べたりすることは難しい。あくまでも周りを見ながらセーブをかけたりすることを判断しないといけないので、神経を使い非常に疲れる。ましてや上司が進めたお酒を飲むことは義務であり断ることもできない。半ば無理やり飲まされたお酒、食べさせられた食べ物が美味しいわけがない。身体が拒絶している時に強引に放り込むことにストレスを感じると言える。さらにこの飲み会自体が評価の対象になることがある。波風立てずに上司を盛り立てれば一気に出世するかもしれない。評価は客観的な指標に基づいて平等に成果で反映するべきであって、たかだか飲み会で評価されるという理不尽なことがある。

以上に主な理由を掲げたが、だからといって全く飲み会に参加しないわけにもいかない。付き合いが悪いということで職場やグループで嫌な噂を立てられたり、仲間外れにされたりといういじめに繋がっていくこともある。日本は村社会であったので集団の輪を乱す人は徹底的に潰される。心理的なプレッシャーで行くことを前提とせざるを得ない状況をどうにかして変えていくべきなんだろう。

 

 

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