読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Small dreams≧Real life

「ぽぽぴ」のBLOGへようこそ。ルポライターを目指し日々奮闘中。日常の些細な事だけでなく完全オリジナルのショートストーリーなどを含めて幅広く記事を書いて載せています。但し更新の頻度は不規則です。

「嫌い」は羨望の鏡

タイトルの通りだけど、あなたの嫌いの感情は羨望、妬みが招いてることがある。自分にないモノ、コトを他人が持ってることに嫉妬していることに気付いてない。如実に現れている場面が日常生活では頻繁にある。問答無用に嫌いと叫び聞く耳を持たない判断を選ぶ人間の心的な側面に興味がある。誰かを嫌いなのは一向に構わないが、嫌いという言葉に絡めて、拒絶する必要もないと思う。特に意見が違うから否定して、敵と判断する低レベルな人が増えてる気がする。問題なのは、意見が違うからじゃなくて適切な距離感を持ち対話する能力がないこと。ただ会話自体が成立しないタイプも一定数いるから諦める場面もある。

それで「誰からの嫌いは他の人の好きかもしれない」例えば典型的な例を挙げると「底抜けに明るい人が嫌い」と主張している人がいるが、発言の裏側の心理状態に注目すると面白い。持論だが、この人は明るい人が羨ましいのだ。自分は感情をさらけ出すこと、明るく振る舞うことが単に出来ないから否定している。偽りの自分を演じてる圧迫感から苦し紛れの発言かもしれない。素直に相手の良さを認めてあげられないタイプの人間だから厄介な存在になる。自分の世界が全てであって分類の枠から外れると徹底的に叩く。本人が納得してるならいいけど、批判に逃げるのは勿体無いし残念な気持ちになって同情してしまう。嫌いなのは自分自身に向き合えないから変化出来ないあなた自身のことではないのだろうか?

広告を非表示にする