Small dreams≧Real life

ルポライターを目指し日々奮闘中。日常の些細な事も含めて、オリジナル記事や創作したストーリーを載せています。

「組織の論理」で無責任政治

政治と責任についてをテーマに書く。政治には結果が生じるわけで上手く行く時もあれば失敗する時もある。当然失敗した時には責任問題が出てくるわけでこれを誰が背負うのか曖昧で不透明になっている。この辺りをしっかりと事前に決めておかないと、責任を追求出来なくなり政治の質も下がる。日本の場合直接民主制を採用していないので、政治家には国を代表する役割があるから国民の声を代弁する代償として責任も問われるべきだ。さもないと政治家という権力を乱用して自己都合の政治や無駄な改革などを進めた結果の責任が問われないと、なると緊張感を持った政治が行われなくなる。この辺りは特にしっかりして欲しい。

 例えば社会保障の財源が不足し3%の増税を検討して実施する。国民の声は、賛否両論で有権者の声も割れている。そんな時に満を持して増税の選択をする場合、短期的に見れば結果は分からないから、少なくとも数年は反映されない。だからその当時政策を決定した当事者は結果が出る時に既にポストから外れている場合がある。後に次のポストに就任した人間が結果に直面することになる。だけど本人からしてみれば、自分が選択したわけではない結果を背負うことに、微妙な心境になるだろう。でもそれを受け継くことが組織の論理だとすれば仕方ない。

ただこの現状を悪用して、無責任な新しい改革を打ち出す人間もいる。昨今急速に憲法改正の是非が話題になっている。法律は人間が作り出したルールだから不変ではないけど、最高法規に位置づけられる憲法となると全く話が違う。簡単に改正するほど現在の平和憲法に欠陥があるとも言えないから国民の声を慎重に聞くべきなのに、改正前提で話が進む矛盾した展開が繰り広げられる。

改正案提出をした政権がイニシアティブを採っているが結果は背負わない現状から必要ない部分にまで手を付ける可能性が高い。憲法改正が日本の歴史の汚点にならないこと期待したい。そして憲法改正には国民投票過半数の票を獲得する高いハードルがあるから国民の判断に委ねられていることを踏まえて国民の資質が問われている。