Small dreams≧Real life

ルポライターを目指し日々奮闘中。日常の些細な事だけでなく完全オリジナルの記事を含めて幅広くジャンル関係なく書いてます。「夢を持つこと」と「子供のような遊び心を忘れないこと」でカッコいい大人になる!!

ドキュメント72時間「空の密室 屋上観覧車」からぼくらは最低速度の最大化も求めている

屋上遊園地はレア」

久し振りのドキュメント72時間について纏めます。余談ですが、大学の講義の参考映像で、ドキュメントが流れてビックリしました。

さて今回のテーマは「観覧車」ですね。それにしても今時、屋上遊園地なんてあるんですかね。ぼくの住む場所で、屋上遊園地の存在は聞いた事ないです。どうやら百貨店の屋上にあるのが、一般的なようです。今回も高島屋の上でした。

昔の昭和風のレトロチックな可愛い遊園地は、今では時代の変化により訪れる人の数も減り錆びて無くなってしまったのかもしれません。しかし当時の状況は、家族の憩いの場として賑わっていたんでしょうね。それでしばらく見てると、「どんな家族がここで遊んで時間を過ごしたの」「活気があった当時の遊園地は、どういう存在だったのか」「一番人気の乗りものは何か」色々想像が搔き立てられますね。

「空の密室=観覧車」

観覧車を巡る様々な人のミクロな物語です。

観覧車は、カップルだけの時代じゃないんですよね。当然ですが家族客、友人客、カップル客、一人客など様々な人々が、観覧車に「何か」を求めて来るわけですね。何の内容は人によりけりなんで、一概には言えませんね。空のマシンから絶好の景色を堪能するか、誰も居ない密室の空間でゆったりとした時間を楽しむかは個人次第。

それでも、やっぱり人間は様々な喜怒哀楽疲れてしまって、自分という存在の小ささを感じるために俯瞰的に景色眺め、非日常的な癒やしの空間として役立ってるのでしょう。一言で言えば、鳥になりたいといったところでしょうか。

ぼくも小さい頃は、鳥になって自由に空に羽ばたき、上空から都市を見下ろすことを何度考えた事でしょうか。誰よりも高く飛び、飛び続ける鳥になって空想を続けました。

「一人好きでも繋がりが欲しい」

観覧車に一人で乗っている、男子大学学生と派手髪の東京から来た女性が気になりました。ぼくも集団行動が苦手で、一人行動派です。だからなんとなく気持ちが分かります。それでも一人で観覧車に乗ったことはないです。今度挑戦してみようと思いますが、一人で観覧車に乗る気持ちは寂しさからくるんじゃないかなと推測します。上手く言葉に表せない寂しさが胸でバトルしていて居ても立ってもいられなくて、誰とも関わりたくないと口に出してしまう。だけど本当はどこかで繋がっていたい気持ちがあるんです。だから観覧車に乗って、自分の住む街を眺めているわけですね。

人間同士のトラブルでイライラして人になりたいと思う→誰とも関わらず一人の時間を過ごし心の平安を保つ→一人でいることでまた寂しくなる。

↑の図式で回っているはずです。結局人間は集団の中で、生きるしかないので戻ってくるわけですね。

最後に、派手な髪の女の子が東京という街に疲れているのが気になりました。おそらく上京してきて、寂しいのかもしれませんね。多くの人が行き交う都会の喧噪の粒に消えていく自分をもっと私を必要として欲しい、探して欲しい、愛して欲しいと心の声が聞こえるような気がしました。一種の自分の存在意義確認というか自己主張をしない限り都会では簡単に消費されます。それでも人が沢山集まるところは、面白いと感じますね。

「ゆったりゆったり」

車、バイク、新幹線、飛行機、ジェットコースター、エレベーターと挙げて何を思いますか?ぼくらは常に速さを追い求めた生活をしているわけです。一分一秒を無駄にせず、徹底的に合理化、能率化を進め日々進化しているわけです。資本主義社会と速さはセット比例して加速しています。

一方で路面電車、路面バス、観覧車のようにのろのろ、ゆったり走る乗りものは観光地を覗いて減っているわけです。段々ゆとりのない生活が一般的になって、スピードに追い続ける裏で精神、肉体を酷使させる社会になっています。そんな時、観覧車で過ごす時間はのんびりと至福な時間に転換し、秘密の空間になります。だからぼくらはスピード最大化の陰で最小化も求めているわけです。本能的な衝動なんでしょうかね・・・

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