Small dreams≧Real life

ルポライターを目指し日々奮闘中。日常の些細な事も含めて、オリジナル記事や創作したストーリーを載せています。

去年の夏の記録

夏が来る度に

一年は夏にはじまり、夏で終わるという言葉があるほど、四季の中で夏には不思議なパワーがあると考えています。多くの人を魅了する魔性の季節というか未知の予感を秘めた季節であることは間違いないわけですね。丁度ぼくたちが、子供の頃に無我夢中になった冒険のように不思議なワクワク、ドキドキ感を喚起する季節が夏だと思っています。

さて、日本で生活していれば夏は一年に一回だけです。寿命、歳の数だけ積み上げていくわけですが、案外少ない気がしてきました。

これまで、友達と川や海、山で遊んだ記憶やひたすら受験勉強に取り組んだ浪人時代の記憶、文化祭の練習に追われた記憶、部活動で倒れそうになりながら練習した記憶はきまって夏の時期に集中しています。

ぼくの人生の中で、夏が舞台となった思い出は沢山あるわけです。そこで過去も現在そして未来も、夏の記憶はぼくの生きてきた証です。

一年前と比較

去年の夏はどのように過ごしていたのだろうか?振り返ってみると一年前のぼくは、二週間ほど長崎にいました。千葉県在住のぼくが、九州の最西端の佐世保に向かう機会などほとんどないわけです。一人で放浪とまではいきませんが、安価なゲストハウス、ビジネスホテルに宿を取り、非日常な出会いを経験しました。


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 偶然にも原爆投下の8月9日に、ぼくは長崎にいました。核兵器を巡る悲劇を繰り返さないため、そして犠牲者の魂にしっかりと祈ってきました。原爆の慰霊式典には、前から参列したいと考えていたので良き日となりました。もうすぐ一年と考えると、懐かしくて感慨深いです。残念ながら今年は行けませんね……。 


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さて、原爆の悲劇を時が経つに連れて風化させてしまっていいのでしょうか?原爆についてぼくは、世代を越えて、同じ過ちを二度と繰り返さないように語り継がれていくべき人類共通の教訓となって欲しいと願います。しかし、忘れていくのが人間の良い所であり悪い所でもある特性である以上、忘却は避けられない部分もあると思うので、今後も慰霊式典を未来永劫行い、過去と向き合う貴重な機会するだけでなく、未来の展望を考えていければいいですね。

過去の集積である歴史を学ぶ意義は、未来を作っていく上で最高の教科書となります。

だから、今ぼくが一年前の夏を再検討する意味もこの点にあるのでしょう。つまり一年前の出来事の意味付けから反省を行うことです。そして今後進むべき未来の展望を語る上で、過去を振り返えることも大切なのです。去年よりも今年はどの部分を強化したいのか?を特に意識し今年もチャレンジしていきたいですね。