Small dreams≧Real life

ルポライターを目指し日々奮闘中。日常の些細な事も含めて、オリジナル記事や創作したストーリーを載せています。

「風化」できない3.11の悲劇と当たり前の幸せ

2011年3月11日の原発事故から6年が経過しています。



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あの当時まだ高校生だったぼくは、地面が割れ、巨大な津波が街を襲い、店から物が不足した世界をしっかりと目撃しました。

あの時の本音を言うとすれば、日本の破滅を愚考していました。

それにしばらくの間、何をしていても、少しの地面の揺れを感じるだけで震えましたし、放射能汚染の問題も気になりました。

今なお日本がず~~っと守り続けてきた、緑豊かな自然と美しい海が無残にも破壊され続けています。

大量の汚染物質が海に流されたり、また除染作業で生じた汚染土が各地に運ばれたりと自然への影響も無視出来ず、絶望的な気持ちですよね。

しかし、あれから6年と月日が経つのは早いですね。

以前人間の良いところはすぐに物事を忘れる力が備わっていると聞いたことがあります。

だけどそう簡単に忘れられないことってあると思います。

というか忘れちゃだめな気がするんです。

もちろん忘れた方がいいこともありますよ。

ズルズルと嫌なことをいつまでも引きずるよりも、綺麗さっぱり捨てちゃった方が得する場面だってある。

そういう時は、心にあるフィルターにかけているかいらないか冷静に線引きするべきです。

ただし今回の福島原発事故は当てはまらないと思います。

そんな無責任なことをしたら、過去の先祖に対しても、未来の日本人に対してもかなり失礼な対応だと思います。

やっぱり月日が経っても、癒えることのない地球規模の傷を負ったことから目を背けられません。

あの悲劇を簡単に風化していいものと折り合いがつきませんし、ひょっとしたら人類にとって『転換点』になっているものと愚考しています。

それにシンプルに言って、しっかりと現実と向き合っていない気がしてならないからです。

地震は『天災』として見なされますが、個人的に原発事故は『人災』だと思っています。

仮にそれが『天災』だとしたら、何故再稼働を進めるのでしょうか?

一般的に事故に直面したら同じ過ちを繰り返さないようにしますよね。

原子力発電は明らかに人間が扱えるレベルを越えていると思わないんでしょうか。

ぼくは、再稼働を断固として反対しており『原発』のない世界を目指します!

【今現在でも、2017年10月4日現在で4基が稼働しています(川内原発と高浜原発)です】

IAEAの発表によると、『福島』はチェルノブイリやスリーマイルで起きた痛ましい原発事故に並んで、歴史上類をみない世界最悪の事故のレベル7扱いです。

しかしテレビやネットの中で、専門家や政治家は『科学的に人体への影響はない』『すぐに著しい悪影響が生じるわけではない』と事態の収束に向けて説明しました。

様々なメディアの報道により社会が混乱している中で、ぼくらは二転三転する情報に振り回されていたと思います。

5年以上経過した今だからと言えることですが、たしかに短期的にはそこまで目立った影響はなかったのかもしれません。

もちろん大切な家族や友人、恋人を失ったり、あるいは家や仕事を無くして故郷を離れた人もいますので、安直な事を言って傷つける気は毛頭ありません。

それに『福島』だけの問題じゃなく、日本を襲った悲劇は赤の他人事じゃありませんよ。

被災者に対する浅はかな政治家もいましたが、誰もが痛みを共有しているはずです。

そしてあの地震からぼくらが学んだことは「当たり前の幸せ」じゃなかったでしょうか?


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普通に生活出来る事がとれくらいありがたいことか身に染みて分かったと思います。

穏やかな日常は当然のことじゃなくて、奇跡だと思いませんか。

ぼくは最近そんなことを考えて生活しています。

『福島』に関しては、まだまだ多くの疑問・課題を抱えていますので、また纏めたいと愚考しています。

それでは今日はこの辺りにします。

読んでいただきましてありがとうございます。